☆矢Ω40話

親の愛情を得たいという個人的な欲求(と言うにはあまりにも切ない)から多くの聖闘士を殺めてきた以上、この結果は因果応報なんでしょうけど…(自分でも分かっていたからこそ、ソニアは蒼摩の手を取れなかったんだと思います)、やっぱりソニアの最期は惨めで哀しく、やりきれない。メディアの「私の娘になれなかった」という言葉も、唯一の幸せな記憶(美化しすぎで妄想っぽいが)すら砂漠の蜃気楼(幻)に過ぎなかったというどこまでも報われないソニアの人生をこれでもかと強調している気がします(演出として正しいけど辛い)。
アリアの祈りの雨は、ソニアの血を洗い流そうとしたんでしょうか?それをソニアも感じ取って、その間だけ安らぎを得ることが出来ていたなら、僅かな慰めが望んだ家族ではなく、他人からしか与えられなかった(ソニアに手を差しのべた蒼摩も他人だし)という意味でますます切ないです。
いっそアリアを義妹として可愛がっていたなら、今頃エデンと肩を並べて12宮を登っていたのかもしれない…と思ったんですが(アリアが一時帰宅したときの「アテナでなければ見捨てている」発言も、「自分だったら見捨てられていた、アリアは新アテナだから見捨てられない」という僻みみたいなもので、本心から憎んでるわけじゃないと思うんですよね。そもそもソニアのキツイ物言いはほとんど虚勢だし。「アリアがマルスに命を奪われたのは当然のことなのか」にも言い返せなかったし)。よく考えてみれば、エデンですらアリアを花畑に連れ出すことも許されなかったんだから、「汚れ役」であるソニアが「美しいものだけで囲んで育てていた」アリアに近づいたりしたら、即刻メディアに処分されますよね…。
敵を倒す為でなく救うためにセブンセンシズに目覚めた蒼摩は本当に成長したなーと思います(初期は父親の話題を出されてはキレてたのに)。だからこそ、ソニアを救えなかったことは一生心の傷になって残り、後悔と共に思い出すことになるんでしょう(蒼摩が水属性か凍気使いだったら助けられたかなー…。かえって急激な温度変化に耐えられないか)。考えてみると、Ωの青銅は助けたい相手を助けられない経験が多いですね…(無印の青銅は一輝と氷河と、瞬くらいでしょうか)。
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

みねず あおい

Author:みねず あおい
日々の溜息と絶叫を綴っている日記(更新記録も此処)。史上最強の弟子や星矢Ωの感想を投下。最近はアンリミコミカライズの感想も書いてます。

旬の花時計
Twitter on FC2
最近の記事
最近のコメント
カテゴリー
過去のログ
淡々と百人一首
    ブログ翻訳
    ブログ内検索
    RSSフィード
    リンク